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  覚醒編 20. 組織と恩恵―自由と寂しさ
 

組織の世話になり、収入や運営を頼ると、確かに楽です。しかし、常にその組織との関わりが強くなり、いつも息苦しい状態を強いられます。

自分の独自の判断で行動することができず、結局、組織の考えの下に行動しなければならなくなります。自分の望みがそうであれば、それもいいでしょう。自分は身を捨てて組織のために生きていたいと思うなら、その通りにすればいいのです。そのほうが楽かもしれません。

また、自分の考えどおり行動したら組織と同じ行動を取ったというのなら、それもいいはずです。しかし、そういった方でも、いったん組織に属すると、かならず自分の意志の一部は拘束されてしまいます。それは止むを得ないことです。私がこの道に入ったのは、やはり「仏教の教え」のすばらしさに魅せられたからでした。もちろん、それによって私も死の淵から立ち直ることができたのです。

ある意味では、仏教に頼ってた口です。しかし、初めから組織の恩恵を被ろうとか、僧侶の身分を利用しようとは思っていませんでした。しかし、なってみると、一応、組織から、仏教学の勉強、資格や働き場所、収入面まで、いろいろ恩恵があります。「僧侶」と言う身分に安心して人が尋ねてくるのも事実です。もし、「人生相談」「民間カウンセリング」なんて言っても、人は信じないでしょう。しかし、組織から恩恵を受けていれば、組織の既成、慣習に従わないといけません。僧侶の身分を意識的にでも利用しているなら、人が僧侶に求める姿からは、逸脱できません。

組織に頼れば組織に縛られます。組織に恩恵を受けていれば、そのような人間として振舞うことも必要です。組織の既成、慣習からは抜けられないのです。
場所、つまり場には、集団的エネルギーがあり、常に自分のエネルギーとの間で、影響しあっています。一人のイキイキが場をイキイキさせることもあれば、逆に一人のイキイキの減少が、場のイキイキを減少させることもあるのです。その反対に場のイキイキが一人の人間をイキイキさせたり奪ったりします。組織、特に会社や家庭、それから肩書きや地位や企業名や仕事名などは、ある時は人からイキイキを奪います。それはどちらかだけを多く取ろうとしても、なかなかうまくいきません。むしろ、恩恵を受けている時こそ注意が必要です。そこから抜け出すと、自由と寂しさがやってきます。

   


 

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